「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。…ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。(Ⅰコリント1:23-24)
私たち、人を救うために神のひとり子イエス・キリストは十字架でいのちをささげてくださいました。ユダヤ人には、救い主が十字架刑で殺されるという状況が受け入れがたく、合理的なギリシア人には見えづらいことだったようです。日本人にはどのように響くでしょうか。聖書から神について話す時、聞いてもらいやすい事柄があります。例えば、天地創造、ゴリアテと戦うダビデなどの出来事、あるいは、主は私の羊飼い、山上の説教などの教えです。一方、十字架につけられたキリストを伝えることは、聞いてもらいにくいかもしれません。しかし、キリストこそ、私たちの永遠の希望であり、キリストにあって私たちは救いを受けるのです。キリストが宣べ伝えられますように。

